Optical Review and KOGAKU, Webnews
【新刊紹介】波動光学の風景
新刊紹介
紹介者: 早崎芳夫(宇都宮大学オプティクス教育研究センター)
―著者とのやりとりの中で―
「波動光学の風景」は,OplusE誌にて2005年8月より連載されているチュートリアル記事をまとめた電子書籍である。導入編から始まって,2015年7月現在で13編が出版されている(http://www.adcom-media.co.jp/opluse/wave/)。導入編は38ページで構成され,価格は2,200円(税込)であった。一般の書籍と比較するとページ単価は高い。
この書籍紹介コーナーは,従来「光学」誌に掲載していた「書評」からウェブ掲載の「新刊紹介」に衣替えしたことで,著者本人が自薦の弁を載せてもよいことになった。そこで,私(早崎)から著者の本宮氏に,この本のよいところを書いてほしいと依頼した。当初私は,その返信を参考に紹介記事を書くつもりであった。しかし,本宮氏の回答を見て,原文の内容を忠実に載せたほうが面白く,かつ有益であると考え直した。本宮氏の本書に関する解説を以下に掲載する。なお,原文はかなり長文であったので,迷いつつも内容を多少整理させていただいた。
この「ウェブニュース」は,紙媒体ではできなかった新しい発想の記事を掲載できる場を目指して設けられたコーナーである。今後も面白い記事が掲載できるよう,会員諸氏のご協力を期待する。
(早崎芳夫)
―内容紹介―
1.外形的な特徴
1) 本書は連載記事をまとめたものであり,ほぼ掲載時のレイアウトである。その特徴として,各章が独立しており,興味あるところだけ読んでも理解しやすい。また,単行本よりも内容の制約が少ないため,幅広い話題を採りあげてあり,必要に応じて数学的に丁寧な記述もある。また,その副作用により断片的にならないよう,基礎方程式との繋がりを示し,読者の中に体系的な理解が構築されることを目指した。
2) ファイル形式がPDFである。テキストのコピー&ペーストや印刷はできないが,購入した電子書籍は購入者にライセンスされるため,ファイルコピーをすることで正当に複数機器での閲覧が可能である。第三者への提供は禁止されており,ファイル末尾に埋め込まれた購入者情報によって心理的に抑制される。
3) 想定読者は「初学者」である。典型的には,理工系大学の学部生で,光関連分野だけでなく,機械系なども含む広い範囲を想定した。また,電磁気学や線形代数,微積分,複素関数等の理解が十分でない方を想定した。目標は,光学分野の定評ある教科書を独力で読めるようになることである。
2.本書の特徴
1) 基礎科目(電磁気学,微積分,線形代数等)の内容も含めた。一般的な光学の教科書ではすでに習得を前提とする基礎科目について,十分な理解に至っていない読者を想定し,なるべく丁寧に記述した。具体的には,線形偏微分方程式の一般的な解法(7章),時間発展をexp(-iωt)で表す理由(8章),ストークスの定理の別証明(10章),(∂/∂x)(∂/∂y) ≠ (∂/∂y)(∂/∂x)となる例,方向微分可能でも微分可能でない例(11章),クラマース・クローニッヒの関係(13章),クラマース・クローニッヒの関係の適用対象を誘電率でなく電気感受率とする説明(15章),相対論による速度の制限は波頭速度のみであり,位相速度,群速度には制限がないこと(20章),べき級数の収束半径(60章),x→0で(sin x)/x → 1となることの証明(72章)。フーリエ変換と関係公式,ローラン展開の復習(73章)。コーシーの不等式,シュワルツの不等式(106章)などである。
2) 光学以外の関連分野の内容も,若手の光学技術者・研究者に有用と考えられる事項を丁寧に説明した。まず,FFT(78-79章)に関して,回折計算の具体的モチーフに絡め,数式とフローチャートとソースコードの3段構えで理解する好機と思われ,周波数間引き型と時間間引き型の対照も含めて記述した。サンプリング定理(80章)に関しても,回折計算での応用を意識しながら,導出や意味などをなるべく丁寧に記述した。
3) 高度な内容でも,初学者に理解できて有用な話題は含めた。具体例を以下に示す。
・ マクスウェルの応力テンソル(23~27章)に関して,電磁場のエネルギーと運動量を対照しながら導出した(真空中と連続媒質中)。光の力学作用は光ピンセットや光誘電泳動などの基礎であり,応力テンソルは電気力線や磁力線の概念とも関わる概念である。
・ 臨界角で入射した光の場(38章)は,簡単な微分方程式で記述されるので,初学者には容易に理解できるが,伝搬波とエバネッセント波を扱い慣れた中級者には,両者の中間の盲点になる場合もある。臨界角近傍の解析解の挙動や意味を考える基礎として,一定の価値がある。
・ アドミタンス軌跡(44~45章)は,電気系の素養のある人には,伝送路とのアナロジーが想起されて相補的な理解がしやすい。層が堆積するにしたがって反射特性がどう変化するかの現象を理解するためには有用である。また,アポロニウス円の登場は興味深い。
・ エリプソメーター(54~57章)に関して,代表的ないくつかの方式の原理や特徴を,ジョーンズ行列を使って解説した。広く使われる装置である割に,原理を解説した日本語の文献は少ない。
・ ワイルの球面波の表現(62~63章)に関して,難しいとされているが,積分の順序を通常と換えることで(フレネル積分より)容易に導出できることに気づいた。回折理論のほか,ボリュームホログラム(85章)の理解にも役立つ。
・ 円形開口によるフラウンホーファー回折(71章)に関して,ベッセル関数による分布の表式は多くの教科書に紹介されているが,単に公式で表式を導くだけの場合が多い。ベッセル関数の定義式(べき級数展開の式)を示し,それと整合することを確認する必要最小限の数式を一通り記述した。また,分布形状の作図データや,零点を求めるプログラムも示した。ベッセル関数に馴染みの薄い初学者に,単なる暗記物のような印象が残るのを恐れ,理解の体系として光学を認識していただけるよう努めた。特殊関数アレルギーになる前の初学者に,光学という具体的モチーフに付随して登場する特殊関数に少しでも慣れてもらうことは重要である。
・ 矩形開口のフラウンホーファー回折(72章)に関して,ここでは,円形開口からの連続的な変化に注目した。
・ 境界回折波(82章)に関して,高級な数学を使わずに回折現象の一面の理解が深まる興味深い内容である。同じ回折モデルが,面積分と線積分の両方の描像で定式化できるという話としてみると,理解が重層的になる。
・ 結合波の理論(86章)に関して,コゲルニークの論文では想定している偏光モードが最後のほうまでわかりにくいと思われたため,本書では早めにモデルや考え方を示した。
・ 遅延ポテンシャルのローレンツ条件の確認(89章)に関して,電磁気学の教科書には証明のないものが多く,あっても繁雑であった。畳み込み積分の初歩的な公式を使った容易な証明に気づいた。
・ ヘルツベクトルのゲージの自由度の説明(90章)に関して,自由度について丁寧に説明し,スカラー場2つ分の自由度でほぼ任意の電磁場を表せることを説明した。次項のための布石にもなる。
・ デバイポテンシャルをヘルツベクトルに位置付けた(95章)。Born & Wolfの扱いでは天下り的である。多少とも必然性を感じられるように,自由度を利用したヘルツベクトルの一種として紹介した。
・ 波動光学の文脈で代表的な特殊関数に関して,エアリーパターンで,ベッセル関数とガンマ関数(71章),球面調和関数でルジャンドルの多項式,ルジャンドルの陪関数(96章),一様球中の調和関数で球ベッセル関数,球ノイマン関数,第1種球ハンケル関数,第2種球ハンケル関数(97章),ミー散乱用漸化式導出のためのリカッチ・ベッセル関数(101章),エルミート・ガウシアンビームの表式でエルミートの多項式(112章),ラゲール・ガウシアンビームの表式でラゲールの陪多項式,ソニンの多項式(113章)等必要な範囲で記述した。
・ ミー散乱の定式の導出(ミー散乱編(1))に関して,難解という先入観のない初学者に少しずつゆっくり説明した。やや繁雑であっても難解ではなく,特段の困難はない。ミー散乱の応用は幅広く,興味をもつ人の多い現実と,丁寧に説明している文献の少なさのギャップを埋めた。
・ ミー散乱の計算に必要な漸化式の確認(ミー散乱編(2))に関して,計算に最低限必要な範囲で公式を確認した。古く確立した理論でも,実務で使う人に要領よく説明した文献は少なく,金属球と透明球で効果の異なる計算法の対比など,処理系に依存する配慮も視野の隅に紹介した。また,Born & Wolfの第1〜7版に半世紀残った誤植を指摘した(100章)。
・ 正準理論の片鱗(110章)を示した。コーシー・シュワルツの方程式を波動関数に適用し,ビーム幅と角度の広がりに関する不確定性原理に加えて,交換関係,ハイゼンベルクの運動方程式の原型のような関係式を光ビームの中に示した。レーザーのビーム品質指標M2因子について,低次元の単純なモデルで解説した。その中で,空間伝搬によっても薄肉レンズの透過によっても指標の値が変化しないことを示した。その際,交換関係やハイゼンベルクの運動方程式の原型のような式がみられることを指摘した。数学知識はフーリエ変換程度と高校レベルの部分積分で十分理解でき,量子力学との関係も予感される。
3.さいごに
波動光学には,いろいろな視点で楽しめる要素が豊富にあり,それらに少しずつ触れて親しみをもつことは,より深い楽しみに触れることに繋がる。同じものを眺めても,遠近や角度によってさまざまな側面を味わうこともあり,異なるものを見ても,両者に共通する部分や類似性が見いだされることもある。洗練され整理された体系的理解を目指す前段階として,そうした種々の景観を読者に気軽に味わい楽しんでいただけるよう努めた。
(本宮佳典)