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【新刊紹介】これからの光学―古典論・量子論・物質との相互作用・新しい光―
新刊紹介
書 名:これからの光学―古典論・量子論・物質との相互作用・新しい光―
著者名:大津元一
発行年:2017年10月
出版社:朝倉書店
ISBN :978-4-254-13124-6
定 価:3,024円(税込)
出版社へのリンク:http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-13124-6/
紹介者:坂野 斎(山梨大学工学部)
光デバイスには適さないと考えられていた間接遷移型半導体であるSi(シリコン)を材料として,三原色のLEDや赤外レーザーが著者と川添忠博士(現東京電機大学教授)らによって開発されたのは,光学のエポックメイキングであろう.これを可能にしたのがドレスト光子の存在であり,その記述は従来の古典光学・量子光学の理論体系では不可能なこと,オフシェル科学を視野にいれた新しい理論体系が必須であることが本書のメッセージである.
著者は若い頃,レーザーの周波数安定化の研究や周波数掃引可能レーザー光源の開発で世界的評価を受けたのち,近接場光学の研究に転じ,日本の先駆者のひとりとなった.また,世界において,ドレスト光子が関わる光学=ナノフォトニクスの創始者でもある.
本書を読むにあたり,著者のグループの研究をご存知で,ドレスト光子の存在に確信のある方は,章の順に読んでいくと理解が深まるだろう.一方,ドレスト光子についてご存知ない方,馴染みが薄い方には,第4章までが心理的な障壁にならないよう,第5章のドレスト光子の定義と第8章のドレスト光子がもたらす実験結果を一読して,第1章から読み直されるとよいと思う.
ここで,第5章に則してドレスト光子を説明する.大きなバルク物質内では,光や素励起は分散関係を満たすオンシェルの場として存在する(図の実線,点線).従来の古典光学,量子光学が対象とする光はそのようなオンシェルの場であるのに対して,ドレスト光子はオフシェルの場と言える.もし,ナノ構造のように場の波長以下の小さな領域(特徴的サイズ;a)に場(光)が存在したら,ハイゼンベルグの不確定性原理により,運動量にħ/a程度の不確定さが生じ,分散関係は幅をもつ(図の灰色の領域).分散関係からはずれて存在するオフシェルの場は物質との相互作用を拠り所に存在しているが,ドレスト光子はこのようなオフシェルの光である.ドレスト光子の存在定理を示したが,いかなる相互作用がその存在を支えているかは次の調べるべき問題となる.
ドレスト光子の存在を理解した上で,本書の構成・内容を紹介する.
第1章:「新しい光への道しるべ」というタイトルの下,従来の光学の諸理論をオンシェル科学,ドレスト光子の関わる光学をオフシェル科学と分類している.
第2章「古典光学とその限界」: 古典光学を俯瞰し要領よく物理の説明をしつつ,大きなサイズの物質を仮定しているゆえ,小さい領域で物質を拠り所に存在するドレスト光子を扱えないことを指摘している.
第3章「量子光学とその限界」: 光に関わる量子論について,光を古典場とする理論(半古典論)と光を量子場とする理論を俯瞰し,いずれもドレスト光子が存在する非平衡開放系を扱えなく,また,ドレスト光子系では通常用いられる長波長近似が破綻し,双極子遷移と多重子遷移が同じスケールで寄与することなどが指摘される.
第4章「光と物質の相互作用の理論とその限界」: 運動量保存則により,分子の光による状態遷移についてフォノンが関わりにくいこと(フランク=コンドンの原理)や,間接遷移半導体での状態遷移で同様である既存の理論を説明している.
第5章「新しい光を学ぶ」: オフシェルの光=ドレスト光子により,不十分な光子エネルギーで分子の解離ができたり,間接遷移半導体で光デバイスがつくれることが紹介され,また,プラズモニクスはオンシェルの光学であるという対比など,次の章以降の導入とされる.
第6章「ドレスト光子の物理的描像」: 著者のグループで著者と小林潔博士(現 山梨大学教授)が中心になってつくったドレスト光子の理論を紹介している.空間的に局在した光を仮定し,その量子場をフーリエ級数展開で表現し,電子系の励起子と光の結合を双極子相互作用として導入する.線形系であり,ユニタリ変換により対角化することで,光子が電子系の励起(励起子)を纏ったドレスト光子が生成される.
第7章「フォノンとの結合の新現象」: 第6章の結果の上に積み上げる形で,さらにドレスト光子とフォノンの相互作用を導入し,相互作用が最小に見える描像へユニタリ変換し,ドレスト光子−フォノンを生成している.このドレスト光子−フォノンは,フォノンによる側波帯があり,様々な運動量とエネルギーの成分を伴い,オンシェルの光では実現できない現象を引き起こす原因とみなされる.
第8章「ドレスト光子の応用技術」: ドレスト光子が関わる物理現象(エネルギー上方変換,巨大偏光回転など)と応用(Si-LED,微細加工,フォトンブリーディングなど)が紹介される.Si赤外レーザーの進捗以外の詳しい実験内容は,著者の「ドレスト光子」(朝倉書店,2013年)にあるので,興味がある方は参照をされるとよい.
第9章「さらに新しい光の学び」: ドレスト光子に似た現象が自然界に遍在することが本書の最後に指摘される.本書の第6章,第7章で記述された理論にとどまらず,ドレスト光子=オフシェルの光の量子場の普遍的な仕組みを理解することは,自然界に遍在する諸現象を扱うオフシェル科学の体系化の試金石と位置付けている.
現在,著者はオフシェルの量子場の数理的研究を進めるため,ドレスト光子研究起点という研究組織を立ち上げ,活発に活動している.第1章,第9章の趣の所以はここにあるのだろう.