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【新刊紹介】干渉計を辿る 先端光学技術を支える多様な干渉計測
新刊紹介
書 名:干渉計を辿る 先端光学技術を支える多様な干渉計測
著者名:市原 裕
発行年:2020年12月
出版社:アドコム・メディア株式会社
ISBN :978-4-915851-75-9
定 価:3,300円(税込)
出版社へのリンク:https://opluse.shop-pro.jp/?pid=155652519
紹介者:武田光夫(宇都宮大学オプティクス教育研究センター)
研究者や技術者(そして、将来それらを目指す学生)にとって「有用な本」とはどんな本だろう?読者が求める知識や理論を体系的に整理して教えてくれる本だとすると、名著として知られる光学の教科書は「有用な本」の典型といえよう。では「面白い本」とはどんな本だろう?読者の心に興味や共感を呼び起こし感動を与えてくれる本と考えると、優れた小説やドキュメンタリーが思い浮かぶ。「有用な本」や「面白い本」は数多く出版されている。だが、技術書としての知的有用性と技術者の心の琴線に触れる面白さ(いわば「理」と「情」の魅力)を備えた本に出合う機会は少ない。そのような大変ユニークな技術書が、市原裕氏による新刊書「干渉計を辿る」である。干渉計測をライフワークとして(株)ニコンの技術開発をリードしてきた著者が自身の技術者としての経験や思いを自らの言葉で物語る(私小説風な?)表現形式をとりながら、干渉計測に必要な知識や理論の本質を独自の視点で体系的に整理して有用で普遍性のある技術論にまとめ上げている。このような新しい技術書の表現スタイルへの挑戦は、真の実践的技術者である著者の豊富な経験・実験知識と高い筆力なしには成し得ない。その成功が本書に固有の魅力と面白さを与えている。
本書は、技術情報誌「O plus E」に約5年にわたって連載されたものを13章からなる単行本にまとめたものである。評者の私的な印象を交えながら内容の一部を紹介する。
第1章 白色干渉計を用いたレンズ厚測定
著者(市原氏)がニコン入社時代に開発したレンズ厚測定器を事例に、白色干渉や等傾角干渉の原理と、分散補償、群屈折率などの現実的な諸課題について解説している。いきなり白色干渉計から入るのは非教科書的だと感じる読者もいるかもしれない。だが、これは企業の開発現場での学びの現実に即した実戦的な教授法なのだ。偶然ながら評者(武田)が入社時(キヤノン)に与えられた最初の仕事も白色干渉膜厚計の開発だった。必要に迫られ群屈折率について学んだのもその時である。著者の指摘するように、白色干渉は干渉計測のすべての技術要素を含む。入社時に市原氏を鍛え育てる教材として栄養豊富で歯ごたえのある白色干渉を最初に選んだ上司(靍田匡夫氏)の卓見が本書の構成にも生かされている。
第2章 測長用干渉計
測長用干渉計に必要なコーナーキューブ、移動方向判別機能付き干渉縞計数器、ヘテロダイン干渉用光源と信号処理の各要素と原理について解説している。著者の開発した測長干渉計の光源選びの経験に基づき、周波数安定化横ゼーマンレーザーなどのHe-Neレーザー光源の偏光や周波数安定化の実際的側面を詳述しており、現場で役立つ生きた知識を提供している。
第3章 面形状測定用干渉計
トワイマングリーン干渉計とフィゾー干渉計の原理と特色を比較し、焦点合わせやアライメントについて説明した後に、縞解析法としてフリンジスキャン(位相シフト)法とフーリエ変換法の原理について詳述し、誤差要因について解説している。超精密面形状測定では、どのようにして高精度基準参照波面を実現するかが大きな問題となる。その解として、点回折干渉計(PDI: Point Diffraction Interferometer)の原理を説明し、著者が改良発展させた格子分離式PDIによる回転楕円面の精密計測や反射型PDIによる凹球面の絶対計測の実例を紹介している。もう一つの解は参照波面そのものを必要としないシアリング干渉計である。その一例として紹介されるウェッジ付き平行平面板を用いた波面チルトシアリング干渉計によるコリメーションテスト(ニコン門外不出のノウハウ?)に関するエピソードが面白い。
第4章 光学実験法(干渉計実験法)
干渉計測に役立つ工具、光学素子、あると便利な小道具、光軸調整のテクニックなど、現場で直ちに役立つ情報やノウハウが満載で、実戦的な実験経験の豊富な著者でなくては書くことのできない特色のある章となっている。
第5章 非球面計測用干渉計
フィゾー干渉計を用いた回転2次曲面の計測法と横関俊介氏らの考案した(フィゾーレンズを光軸方向に移動させて得られる複数の干渉縞をつなぎ合わせる)ゾーン走査法について述べた後に、非球面が半導体露光装置と投影レンズの発展に果たした役割を力説し、ニコンで開発されたNullレンズとゾーンプレート非球面波面発生素子を用いた高精度非球面干渉計の紹介をしている。
第6章 波面収差測定用干渉計
光源の時間コヒーレンスと空間コヒーレンスの概念を説明し、超高圧水銀ランプのg線から極端紫外光(EUV)まで、時代とともに変化する半導体露光装置の光源波長やコヒーレンス特性の厳しい制約のなかで、如何にして投影レンズの波面収差の超精密計測を実現してきたかを述べている。挑戦する技術者達の苦闘が成功に転じるアイデアや工夫の実例がいろいろ紹介され、ドキュメンタリー「プロジェクトX」を見るような面白さを感じる。
第7章 チャネルドスペクトラム
スペクトル領域の干渉縞について解説し、筆者による半導体のトレンチ(溝)の深さ測定への応用例を紹介しており、スペクトルドメインOCT(Optical Coherence Tomography)の技術の源流を辿ることができる。
第8章 回折と干渉(波動光学的結像)
回折現象を光波の干渉ととらえ、具体的な実験例を示しながら再回折光学系の原理や特性を説明している。普通の教科書ではTCC (Transmission Cross-coefficient) などの複雑な数式で説明される「Hopkinsの部分的コヒーレント結像論」の本質を、照明系と解像力の関係を光源の回折像と瞳開口の位置関係から数式なしで直感的にわかりやすく解説しており、実践的な光学技術者としての著者の鋭い洞察力を感じ取ることができる。
第9章 干渉式エンコーダー
一般的な光学式エンコーダーの原理と課題を説明した後、著者が開発した回折格子を用いた干渉式エンコーダーの原理と特色を解説している。2枚の格子による回折光の間の干渉現象から「計測対象の横変位に高感度でありながら、格子間距離、波長、光入射角などの変動に不感」という有用な特性を引き出すための工学的着想の展開が面白い。
第10章 反射型ホログラムの開発
ホログラフィーの原理を最初に説明した後に、分光器の収差補正機能をもつホログラフィック回折格子の製作技術に話が進む。厚みのあるポジ型ポリマー材質中に傾斜方向性をもつ定在波干渉縞を記録し、表面露光部を除去してブレーズド格子を作る技術や、その応用としてホログラム面近傍に物体像を形成して波長分散の影響を軽減するイメージホログラムなど社内で開発された特色のある技術を紹介している。
第11章 コヒーレンスとその制御
時間コヒーレンスと空間コヒーレンスの概念とそれぞれのコヒーレンスが干渉計測にどのように生かされるかを述べている。さらに光源スペクトル分布と時間コヒーレンスの関係(Wiener–Khinchin定理)とインコヒーレント光源の形状と空間コヒーレンスの関係(van Cittert-Zernike定理)を数式なしでうまく説明し、時間と空間のコヒーレンスを制御する技術を紹介している。
第12章 偏光の干渉とエリプソメーター
偏光の分解と合成、偏光と結晶、波長板などの基礎を述べた後に、エリプソメーターの原理と測光法と消光法について説明している。章の終わりに「おまけ」と題して自作の半影板による偏光方位の決定法のノウハウを紹介しており、「なるほど!」とアイデアの出し方のヒントを学ぶことができる。
第13章 干渉計 補足
前章までに書き残した実験ノウハウをまとめて一挙に公開している。市販の小型非偏光He-Neレーザーを単一縦モードの直線偏光レーザーに変身させる高度な裏技、偏光状態を保持したままの光線の折り曲げ法、レーザー干渉計測の縞像取得の際のピント位置の選び方など、フィナーレにふさわしい貴重な情報満載の章である。
以上のように各章の概略を紹介してはみたものの、本書にはこのような説明ではとても伝えることのできないような面白さがある。それは、著者が優れた「技術の語り部」であることによる面白さだ。読み始めると、まるで市原氏を案内役とする同氏の実験室の仮想ラボツアーに参加してタイムスリップしたニコンの技術や技術史の解説をしてもらっているような楽しい気分になってきて、興味が尽きない。百の評論一読に如かず、この秀逸の書を一読して直接その魅力に触れてみることを勧めたい。