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【新刊紹介】面発光レーザーが輝く VCSELオデッセイ
新刊紹介
書 名:面発光レーザーが輝く―VCSELオデッセイ―
著者名:伊賀健一
発行年:2018年12月
出版社:オプトロニクス社
ISBN :9784902312577
定 価:1,977円(税別)
出版社へのリンク:http://shop.optronics.co.jp/products/detail.php?product_id=728
紹介者:佐々木俊英(株式会社リコー)
面発光レーザー(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:VCSEL)は、これまでおもに光インターコネクトなどの光通信分野やパソコン用の光学マウスに使用されてきたが、近年、スマートフォンの顔認証システムや近接センサーに採用されたことで、センシング需要が急拡大している。今後も、形状認識やジェスチャー認識などの3Dセンシング分野でのさらなる拡大、高出力化に伴うアディティブマニファクチャリング分野における材料加工、さらにはさまざまな波長領域への対応によるバイオセンシングなど、非常に多岐にわたって応用範囲が広がるとみられており、本学会の会誌「光学」においても2019年7月の特集(48巻7号)でVCSELを中心とした面型発光デバイスの技術動向と応用事例が紹介されている。
本書は、VCSELの発明者である伊賀健一氏が、1977年のVCSELデバイスの発明に至る経緯から、室温連続発振を目指した黎明期、そして市場への爆発的展開をみせた現在の発展期、さらには大きな期待・夢にあふれる未来までをわかりやすく執筆したものであり、”叙事詩(オデッセイ)”のような読み応えのある本になっている。以下、具体的に紹介していきたい。
第1、2章では、面発光レーザーの基本的な特徴と、端面型レーザーやLED(Light Emitting Diode)との違いを解説されている。これからVCSELのイロハを学びたい方にとっては理解しやすい。第3~9章にかけては、面発光レーザー発振までの取り組みが著者自身の研究生活に沿って紹介されている。その中で評者が特に感銘を受けたのは、新規研究テーマのモチベーションが、「大規模集積回路(LSI)のようなモノリシックプロセスによってレーザーを作ることができないか」という新しい”価値”を起点にしている点である。一般的には技術の延長から研究テーマを創出しがちだが、極端な言い方をすれば、”こういうデバイスがあったら”といったモチベーションで研究テーマを設定したことが、のちの破壊的技術でありデバイスであるVCSELの発明に繋がったのではないか。
また、VCSELが発振する前に、アイディアが浮かんだ段階、つまり概念と作製方法の可能性が示された段階で、早くも学会などにアピールしていった点も興味深い。学会に採択されない、採択されたとしても低スコアという状況下においても、確固たるモチベーションのもと自作の装置で技術を育て、室温発振に結実した過程が描かれており、文面からも刺激的な研究生活だったことが窺える。
第10章は技術的な内容で、VCSELで可視域から近赤外域の波長を発振させる際の材料についてが記され、第11~13章では代表的なアプリケーションとその原理が紹介されている。特に第11章では、VCSELの代表的な特徴と、それらを生かす用途、課題が整理されていて、これからVCSELを学び応用展開を考えていきたい読者にとっては、理解しやすい内容となっている。VCSELは端面型レーザーやLEDにはないユニークな特徴を有しており、ここでは、それらを生かした自動運転のためのセンシング群のキーパーツへの応用、医用・美容・バイオ光学への応用、さらにはそれらを統合した安心安全光学への展開など、多数の事例が示されている。また第13章の「超並列フォトニクス」では、VCSELの特徴を最大限に生かすことで光デバイスと電子デバイスの真の融合が実現する可能性が示唆されており、大変興味深い。
本書は前述したように、VCSELの発明から普及に至るまでを記したオデッセイである。一方で、第15章における「チャンスを活かす15の法則」は、これから研究を志す理系学生だけでなく、企業研究員を含めた多くのエンジニアにとっても大きな糧になるのは間違いない。また第16、17章は、研究者として、日本学術振興会理事や東京工業大学学長の立場で後進育成を担う教育者として、フランクリン賞受賞者として、豊富な経験に基づいた助言に溢れている。各章の最後の余話で語られる筆者の”生の声”も心に響く。
応用が広がる面発光レーザー。本書は、これから研究へ足を踏み入れる理系学生、現在学術的に技術開発を進める研究者、産業展開を目指すエンジニアのすべてに向けたすぐれた指南書となると確信する。価格にまで著者の思いが込められた本書を、ぜひ多くの方に一読して頂ければと思う。
本書を通じてVCSELが好きになることは間違いない。